「うつくしいもの」
校長 平田 理
昭和邦画の金字塔「寅さん」シリーズで知られる、山田洋次監督(91)の作品作りを支えてきた体験を知りました。戦後、引上げ船で中国大陸から戻った山田家は親族を頼って、文字通り必死の生活を始めました。山田少年は定職につけない父親に代わり、廃品回収や干物の買出し、安く仕入れた干物の行商で家族を支えました。ある時、大量に安く仕入れた「アンモニア臭のするちくわ」が夕方まで売れずに途方に暮れました。その時、宇部西駅前(山口県)に広がる屋台には競馬場のお客が多く、もしかすると引き受けてくれる店があるとの情報を思い出し、ある「おでん屋」を訪ねたのです。「ちくわを安くするので買ってくれませんか?」「あんた中学生?」じっとみつめるおでん屋のおばさん。「はい、そうです」「なんで働いているんだい?」「親の収入が無く学費を稼いでいます」しばらくの沈黙の後「全部置いていきな」そして、「またこんなことになったらいつでも来なよ」とちくわを全部引き取ってくれました。帰り道の自転車の上で山田少年は、あふれる涙を止められず、この時の感謝と喜びがその後の人生を支えたとのことです。
「寅さん」に貫かれている思いは、この「おでん屋のおばさん」との出会いにあり、毎回話題となる「マドンナ」役のモデルはこの「おばさん」で、「美しい、美しい」愛に満ちた行いと励ましが映画づくりの中心テーマとなりました。日本を代表する映画監督の人生と作品づくりは、「おばさん」との出会いによって「生きていれば、こんなに美しい瞬間がある」、「こんな幸福と喜びに出会える」という思いに支えられています。
翻って、私たち大人は子どもたちに人生を支えるような「思い」を言葉や善行を通して届けることができているでしょうか?子どもができないこと、失敗したことを指摘し、「こうあってほしい」という理想を振りかざして辛く当たることが多いかも知れません。
聖書は「・・・あなたがたに勧めます。怠けている者たちを戒めなさい。気落ちしている者たちを励ましなさい。弱い者たちを助けなさい。すべての人に対して忍耐強く接しなさい。 だれも、悪をもって悪に報いることのないように気をつけなさい。お互いの間でも、すべての人に対しても、いつも善を行うよう努めなさい。」(Ⅰテサロニケの信徒への手紙 5章14~15節)と励まします。
山田少年を救った「マドンナ:おばさん」の美しい思いやりのように、2023年度も子どもの個性を認め、励まし、支える言葉と行いを心がけたいものです。
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