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校長通信

「新しい生活様式:New Norm に馴染みましょう」

校長 平田 理

 

 

 新型コロナ肺炎の世界的な蔓延によって、私たちの生活は大きく変わりました。老若男女、国籍や民族、職業や所属に関わらず、多くの人たちが「今おきていること」すべてについて疑問や不安を抱えていますし、これまで、必ずやってくるはずの「ありきたりの日常」が、一夜にして「特別」に感じるほどに、大きく変わってしまいました。子どもたちにすれば、更に「何が起こっているのか」という疑問と不安だらけです。ご家庭の皆様にしても同様です。ご家族の食事や生活のお世話が膨らみ、家庭学習を余儀なくされている子どもたちの勉強を応援し、時には一緒に答えを考え、退屈している時間を何とか紛らわそうと工夫して一緒に遊び、加えて、ご自身のお仕事の責任と役割に頭を巡らせ、・・・「頑張っている」「何とか乗り越えようとしている」のだと推察致します。ご家族の皆様には、心より感謝し、御礼を申し上げます、「ありがとうございます」。しかし、「誰かぁ助けてぇ!」の状況です。私たちも微力ながら、ご家庭の皆様同様に「今できること」の「最善と最適」を懸命に探し、小さな前進を試みている状態です。

 

 今、子どもたちに私たちができる最善のことは、「新しい生活様式」に少しずつ適応できるように、「新しい」日常生活を、一緒に創り上げることではないでしょうか。「できないこと」だらけの生活から、その中でも「楽しみ」と「希望」を見つけられるように、先ず、私たち「大人」が子どもたちにお手本を見せる時ではないかと感じています。ご自宅で過ごす時間が長くなっている今、「私たちができる3つのこと」をお勧め致します。お試しになってはいかがしょう。

 

①子どもたちの言葉に耳を傾ける

 こんな時に限って、子どもたちは面倒なことを言ったり、やったりします。時にはケンカ腰です。こんな時にこそ「大人の対応」です。たしなめたり、避けたりせずに、安心しておしゃべりができる「場」を創りましょう。子どもたちには、思っていることや感じていることを思う存分に話すことができる時間が必要です。機嫌よく過ごしている大人に囲まれて過ごすことで、子どもたち自身も気持ちや思いを整えることの大切さに気づきます。

 

②「わたしがお手本です」、の心意気

 いつでも、どこでも、機嫌よく過ごすことができれば苦労は要りませんが、こんな時だからこそ、先ず、私たち「大人」が、安らげるように心がけましょう。時間は限られていますが、ゆっくりとお茶を飲む、美味しいものを食べる、好きな音楽を聴く、湯船に浸かる、早朝歩く等で、自らの「安らぎ」を創りましょう。心に安らぎとゆとりが得られると、子どもたちの必要に気づき、必要を満たし、「お手本」を示すことができると思います。

 

③子どもたちとお祈りの習慣をもつ

 三育小学校の子どもたちは、いつでも、どこでも、どんなに小さなことでも、神さまにお祈りすることを学んでいます。祈りは、考えや思いを神さまにお話して、必要なことを願い、感謝をすることです。朝食の前に、ベッドに入る前に、楽しかったこと、悲しかったこと、困ったこと、解決したこと等、どんなことでもよいのです。子どもたちの生活や学びの時間が大きく変わっています。本校では、一日の生活リズムを整える意味でも、お祈りの時間を持てるように、子どもたちやご家庭にお勧めしています。また、どんなことをお祈りしようかな、と思ったときのために、上級生向けにはこちら、下級生向けにはこちら、の祈りのカードを各ご家庭にお渡ししました。

 

『親たち、子供を怒らせてはなりません。主がしつけ諭されるように、育てなさい。』(新約聖書 エフェソの信徒への手紙6章4節) と聖書には書かれています。

 

 幼稚園や保育園、前学年までの生活リズム、1週間の時間割、習い事の曜日等、これまで、子どもたちには「規則正しい時間」が流れていましたが、今しばらくはご家庭で過ごす時間が増えますから、日々の生活リズム、週単位での時間割など、ご家庭の決まり事を創っても楽しいと思います。子どもたちにとって、一日の目標をもって過ごすことは大切ですし、ご家族で達成度を話題にできるかも知れません。

例:

お手伝い:お食事づくりの当番、お風呂や玄関などお掃除当番、ペットのお散歩等。

時間と曜日:朝ご飯や夜ご飯の時間。麺類の日、映画の日、ゲーム無しの日、

夜更かしOKの夜。家族全員が同じ色の洋服を着る日、

10、20、30日は〇〇の日等。

日課:ラジオ体操と縄跳び20分、▽▽問題集を毎日〇〇ページ等。

 

 大人ばかりか、子どもたちにとっても、不安や心配な時間が増える状況です。「新しい」日常生活(新しい生活様式:New Norm)を創り出し、子どもたちと一緒に少しずつ馴染んでいくことができればと思います。

 皆様のご健康と安全をお祈り申し上げますともに、一日も早い事態の終息と、登校再開の日を願ってやみません。

 

 

学校紹介「校長挨拶」はこちらをご覧ください。

「善良をもとめる」

校長 平田 理

 

 

 皆様いかがお過ごしでしょうか。新型コロナウイルスは残念ながら、前回校長通信を掲載した3月18日よりもさらに拡大し、東京都においては緊急事態宣言が出されるまでとなりました。本校は2月29日の臨時休校措置から5月7日の新学期始業まで、全校児童が一堂に会することはありません。

 

 3月の暖かさで下旬にはソメイヨシノが満開となりました。現在グランドはソメイヨシノの花びらがじゅうたんとなり、その上では八重桜が満開を迎えています。例年ですとこの桜の木の下で、新1年生とご家族が入学の記念撮影をなさいます。今年は教職員のみが、満開の桜と桜吹雪の様を眺めることとなり、なんともさみしい新年度の始まりになりました。

 

 この度の学校の緊急事態対応で、児童と保護者の皆様には大きなご負担となっていることと思います。しかしながら、大人と子ども、ご家庭と学校の信頼関係を通じて、困難な問題に向き合うことが大切だと考えます。私たちの未来を託す世代に、如何なる事態に遭遇しても、人と人、社会と社会、国と国の信頼と協力が大切であることを伝えたいと願っています。

 

 2020年度学校目標を、『こころから ぜんりょうを もとめるこども ~良心に忠実で、善を求めるこども~』としました。

 

 これからの時代は、「良識」ある人が重要な役割を果たすと言われています。社会の改革や多様化が急激に起こることで、様々な変化や歪み、周囲の喪失や崩壊にも心を配る「良識」ある人が大切なのです。変化や変革に適応できる人ばかりが利益を得て、効率至上主義で、適応できない人、非効率な人は排除される社会では、継続的な成長は望めないからです。誰にでも居場所があり、適応できる可能性があるはずです。一人ひとりの弱みも強みも含めて引き受け、各々の価値と必要を認める感覚が大切です。使徒パウロは、「めいめい自分のことだけでなく、他人のことにも注意を払」える人(フィリピの信徒への手紙2章4節)、「善を行い、良い行いに富み、喜んで分け与える」(テモテへの手紙Ⅰ 6章18節)人が必要だと説きます。自分のことばかりでなく、周囲の人々の痛みや悲しみにも心を配り、本当の良識(decency)と品性(dignity)を備える人が、至るところで求められるのです。

 

 しかし、人が「善」や「良識」を求める姿勢は、時に誰かを傷つけてしまうのです。ですから、パウロも「こういうわけで私は、神に対しても人に対しても、責められることのない良心を絶えず保つように努めています。」(使徒言行録24章16節)と、自分のなかにある不正直、不誠実、打算、ごまかし、怠惰などから離れる必要があり、自らの良くない思いと行いを「良心Conscience」に近づけるように絶えず努めると記しています。

 

 新約聖書が言う「良心」の原語ギリシャ語の意味は、英語「Conscience」にも反映されていて、「共にCon」と「知るScience」の組み合わせで「共に知る者」、つまり、自分の傍にあって自分の想いや行動を見つめ、共に知っている存在「もう一人の自分」の意味が含まれます。パウロは良心に従うことを「神に対しても」、「神の前で生きてきた」(使徒言行録23章1節)と表現していますから、「もう一人の自分」は常に傍にいて、見て、感じ、行う存在、自分を「共に知る」神様のまなざしと感じているのです。

 

 「ぜんりょうをもとめる」子どもたちが、神様の慈しみと恵みのまなざしの中で、最良の選択をし、良心を求め、それに従って行う人として、ますます成長されることをお祈り致します。

 

 

学校紹介「校長挨拶」はこちらをご覧ください。

「 TEAM チーム ~心が一つであること~ 」

校長 平田 理

 

 

 2020年3月15日(日)に挙行された、第71回卒業式は、児童はもちろんのこと、保護者の皆様、私たち教職員も経験したことのない、忘れることのできない式典となりました。在校生は参加せず、限定された方々だけであり、マスク着用、間隔を空けて着席、式典時間も短縮しました。かつてない卒業式でしたが、神様の大きな祝福で充たされた時間となりました。神様と保護者の皆様からお預かりした卒業生たちは、制限された中にあっても、実に爽やかであり、笑顔で学び舎を巣立っていきました。この姿に、教職員一同、卒業式を無事に終えられた感謝でいっぱいでありました。

 この度の校長通信は、卒業生に贈った言葉を掲載させていただきます。

 

 卒業生の皆様、ご卒業おめでとうございます。皆様の新しい出発を心からお祝いし、新しい道のりが、これまでと同じように神様から祝福され、導かれますようにお祈り致します。

 また、保護者、ご家族の皆様、お子様のご卒業を心よりお祝い申し上げます。これまでの長きにわたる本校へのご理解とご支援に心より御礼申し上げます。ありがとうございました。

 さて、君たちは、いまだかつて体験したことのないことを、たくさん体験した卒業年を過ごしました。国内においては、「平成」が終わり、「令和」という新しい時代の節目を迎えました。また、昨年には、アジアでは初めて、ラグビーワールドカップが開催され、日本チームの歴史的な大活躍を身近に応援することができました。更に、この夏には世界的なスポーツの祭典、夏のオリンピック・パラリンピック東京大会が、60年ぶりに再び開催される年に、卒業されるのです。更に更に、今の社会状況も特別中の特別で、この卒業式は、いまだかつてない形の卒業式です。たとえ、君たちが卒業の年を忘れたとしても、世界中の人たちに記憶されている年ですから、きっと忘れようにも、忘れられない卒業の年、2020年となることでしょう。

 卒業にあたり皆様は、献身を顕わす聖句として、『一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。あなたがたはキリストの体であり、また一人一人はその部分です。』(コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章26,27節)を選ばれました。これまで多くの友を喜びと共に受け容れ、時に悲しみつつ友を見送った君たち。ひとり一人の存在の大切さを知っている君たちだからこそ、選んだ聖句なのでしょう。

 卒業祈祷週の総題は「15=1」14人の仲間に担任の先生を加えた15人がひとつであることを掲げました。卒業生一人ひとりの成長はご家庭や学校の力だけでは、為し得なかったことも表しているのではないでしょうか。ご両親、ご家族、先生方と共に14名に愛情を注ぎ、心を寄せられた神様のお守りとお導きを加えた「15=1」でもあります。ですから、ラグビーチームと同じ、15人のかけがえのない仲間を与え、ひとつとなる時間を備えられたのは、神様だと私は確信しています。

 『ワン・チーム One Team』昨年の流行語にもなった、ラグビーでは有名な言葉です。チームとは、多くの人がひとまとまりの集団になる姿を表す言葉です。似た言葉に「グループ」があります。共通の性質で分類した、人や物の一団。仲間、集団。同系列に属する組織。しかし、「チーム」は、ただ単に人が集合した状態を意味しません。一緒にいる仲間だからでもなく、一つの目標を掲げているからでもない。同じ思いを分かち合っている。一つの方向に向かっている、心を合わせているから「チーム」なのです。多くの働き手がいますし、役割があります。与えられている才能も能力も異なっています。しかし、一つの理想や思いを分かち合い、力を寄せ合わせているからこそ、互いに認め合い、補い合い、「ひとまとまり」になるのです。

 旧約聖書 エゼキエル書第34章に、神様が羊飼いとして養っておられる羊の群れのたとえがあります。そこにはいろいろな羊がいます。太った羊もいれば、やせた羊もおり、強い羊も弱い羊もいます。その群れの中で何が起きるのか、が示されています。

 強い羊が、神様が与えて下さった牧草地で自分たちだけ澄んだ水を飲んで、飲んだら足でかき回し、後から来る弱い羊には泥水を飲ませるようなことが起きるというのです。強い羊が弱い羊を押しのけ、角で突き飛ばし、外に追いやることも起きるというのです。しかし、仲間同士で上手くいかなくとも、誰かからはじき出されても、神様は、『わたしがわたしの群れを養い、憩わせる』と仰います。更に、『わたしは失われたものを尋ね求め、追われたものを連れ戻し、傷ついたものを包み、弱ったものを強くする。・・・わたしは公平をもって彼らを養う』と約束されるのです。

 「足が、『わたしは手ではないから、体の一部ではない』と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。耳が『わたしは目ではないから、体の一部ではない』と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。」(コリントの信徒への手紙Ⅰ 12章15,16節)

 聖書は「弱く見える部分、見劣りする部分が必要だ」と教えます。わたしたちは自分の弱さを喜んでいるでしょうか。そして誰かの弱さを受け容れているでしょうか。「自分が弱くて、情けなくて好きになれない」と思う時こそ、「あなたを愛している、尊く思っている」という、神様の愛を思い出しましょう。私たちは神様によって尊ばれ、弱さも強さも、頂いているのです。神様と歩む道は、強い人が謙遜を学び、弱い人が信頼を学ぶ道だからです。

 皆様は神様の下に集まり、羊飼いなる神様に養われている羊の群れ、One Team ワン・チームです。これを忘れてはなりません。皆様は一人ではありません、14人の仲間がいる、ご家族がいる、先生たちもいる。そして何より、一つの体、神様につながっている大切な部分なのです。その神様が必ず共に歩まれ、養われる大切な一人なのです。

 体のすべての部分が、体には必要であり、強い人も弱い人も、15人の個性が、15人のそれぞれの役割と責任が大切なのです。

 神様はこれからも、卒業生の皆様の歩みを、必ず見守り、支えられます。

 なぜなら、皆様は神様につながる15人のTeamだからです。

 神様から愛されている「特別で大切な皆さん」。この出会いを神様に心から感謝致しつつ、卒業生を送り出す言葉、「15=1 You are One Team in God」を送り、式辞と致します。

 

2020年3月15日(日) 第71回「特別な」卒業式 卒業生への言葉

 

 

学校紹介「校長挨拶」はこちらをご覧ください。

「1+1=?」

校長 平田 理

 

校門で挨拶をしておりますと、明るく元気な挨拶と共に、楽しいつぶやきや気になる発言、時に難問、奇問が飛んできます。

1月のある朝、

「先生、おはようございます。さて1+1=?」

「えっと~、田んぼの田かなぁ?」

と昭和的ボケで応答すると、児童は「???」の表情。

「では、大根おろし1杯と大根おろし1杯を足すと?」

と言い換えての質問です。こんどはこちらが「???」。児童は得意そうに、

「1杯と1杯を合わせれば、1杯でしょ?」

「なるほど1杯かぁ。」

と感心して返答すると、満足そうな表情です。

「ごはん1杯とおかわりを足すと?」と切って返すと、

「あっ!それもだなぁ。」と納得して校門を入って行きました。

 

臨床心理学者 アルバート・エリス(1913-2007)が説いた有名な、「ABCの理論」があります。Bの「その人の受け止め方」次第で 、Cの捉え方や見え方、すなわち「結果」としての「受容」が全く変化するという考えです。

 

A=Activating Event  外部で起こる、避けられない、出来事

B=Belief        その人の受け止め方や信念、考え方

C=Consequence    様々な関係や原因から導かれる、結果

 

理論的には「1+1」は物や事柄が倍になるのですから、適切な答え「2」が導き出されるのが科学的です。しかし、考え方としてご飯や大根おろしなどに代表される、合わさると再び「ひとつ」になる事柄や物、考え方は存在しますし、むしろそのように考え方、受け止め方に「ゆとりと柔らかさ」があることが、多様性や独自性に富んだ視線を生み、更に新しい何かを生み出す可能性を秘めているのです。誰かの悪口や噂話、自分自身に対する視線や評価は「B」如何で変容するのです。単なる中傷や誹謗として受けるのか、助言や刺激と捉え、新しい感覚や価値を創出し、自分ばかりか周囲にも共有していくのか、「A」のその後を大きく左右するのは「B」の捉え方ではないでしょうか。

 

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、…敵意という隔ての壁を取り壊し、…一人の新しい人に造り上げて平和を実現し…。」(エフェソの信徒への手紙2章14,15節)

とあります。「敵意」に対する「敵意」が重なることで平和が生み出されることはありませんが、「B」にキリストの介入があることで、全く新しい価値である「平和」がもたらされるのです。

 

「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5章9節) 子どもたちが平和を創出し、周りにいる人々にその平和を分かつ者として成長してくれることを願っています。

 

学校紹介「校長挨拶」はこちらをご覧ください。

 

 

 

学校見学について

 本校では説明会や見学会としてではなく、日頃の様子を見ていただきたく、ご希望の方には随時、見学は個別(学期中平日午前中10:30~12:00。授業参観含む)に応じております。お子様も同行していただけます。またお車でご来校の際は校庭にお停めいただけます。日程をご相談させていただきますので、ご遠慮なくお電話でお申し込みください。

「今日も、はじまりの日」

校長 平田 理

 

 2016年ノーベル文学賞を受けたボブ・ディラン氏(1942年-Robert Allen Zimmerman)は「Forever Young」という自曲の中で『真実を見る勇気をもって欲しい、人にして欲しいことを人にもできるようになって欲しい、時流に流されるのではなく流れを生み出し、誰かと協力的に生きて欲しい』と歌いました。周囲からうける反骨精神の歌手代表のような評価とは異なり、息子ジェイコブが健やかに育って欲しいとの願いを込めた「1人の父親」としての歌です。

 

 米国ミネソタ州で、ユダヤ系家族に生を受け、感受性豊かに育った彼が紡ぎだす音楽は、時に時代を映し出し、時に抗うかのようですが、音楽を愛する世界中の人に、また生業として音楽を志す人に、とりわけ歌詞と独特の歌唱方法で刺激と示唆を与え続けています。

 

 10年前に出版された「Forever Young はじまりの日」(2010)は、この「Forever Young」をモチーフに新しい翻訳詞と素敵な絵を加えた絵本です。「Forever Young」を「はじまりの日」と翻訳したことは、アーサー・ビナード氏(Arthur Binard1967-)の名訳だと感じました。しかし、この歌詞の中で、父親としての強い願いを込めたであろう一節、「May God always bless you and keep you」(神様がいつも君を祝し、守ってくださるように)が訳されていないことは、意図的なものだとしても残念です。それは音楽家というより、ひとりの親としての切なる祈りではないかと感じるからです。歌詞にもあるように、人生には様々な艱難辛苦もあれば、順風満帆の日もあります。歌に流れている主張は「流されて生きるよりは、独りを恐れずに楽しみなさい」「1人よりは助けてくれる誰かが必要」そして、「たとえ皆に見捨てられても、神様はいつもそばにおられる」と伝えたかったのではないでしょうか。だからこそ、新しい一日を「今日もはじまりの日」として、若々しく生きて欲しいと応援したのです。

 

『主の慈しみは決して絶えない。主の憐れみは決して尽きない。それは朝ごとに新たになる。…主に望みをおき尋ね求める魂に 主は幸いをお与えになる。』

(旧約聖書 哀歌 3章22節~25節)

 

 2020年の新しい年も、子どもたちと共に、日々変わることのない神様が私たちと共にいて、決して尽きることのないお恵みで充たしてくださることに感謝する一年でありたいと思います。

 

 

学校紹介「校長挨拶」はこちらをご覧ください。

 

 

 

学校見学について

 本校では説明会や見学会としてではなく、日頃の様子を見ていただきたく、ご希望の方には随時、見学は個別(学期中平日午前中10:30~12:00。授業参観含む)に応じております。お子様も同行していただけます。またお車でご来校の際は校庭にお停めいただけます。日程をご相談させていただきますので、ご遠慮なくお電話でお申し込みください。

 

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