2025.06.30
NEWS

6年生の修学旅行が始まりました。
【首里城見学】
修学旅行の最初の見学場所は、琉球王国時代の象徴である首里城。「琉球王国のグスク及び関連遺産群」として、首里城跡は日本で11番目の世界遺産として文化遺産に登録されました。
2019年に焼失してしまった首里城ですが、子ども達は復興の様子や2000円札に描かれている守礼門等を見学し、琉球の歴史と文化を直に見ることで沖縄に来たことを実感しているようでした。
2026年の完成が待ち遠しいですが、復興の様子を見学できるのも貴重な学びでした。
【旧海軍司令部壕見学】
沖縄修学旅行の目的の中心、平和学習がスタートしました。
初めに見学したのは旧海軍司令部壕です。
旧海軍司令部壕は1944年末に日本兵3000人によって掘られた旧海軍の司令基地で、鍬やツルハシなどを使い手作業にて5か月間で掘った地下壕が当時のまま残されています。地下20mまで下りたその先には、司令官室、幕僚室など300mに渡り歩いて見ることができ、司令部として使用された防空壕には、幕僚が自決した手榴弾の破片の跡や、ツルハシで掘った筋の跡が今でもくっきりと残っており、戦争の悲惨さを物語っていました。
見学前には学芸員の方が沖縄戦や旧海軍司令部壕について、分かりやすく教えてくださいました。学芸員の方のお孫さんは沖縄三育中学校を卒業されているそうで、沖縄で三育の繋がりを感じることもできました。
【ひめゆりの塔・ひめゆり祈念資料館見学】
「沖縄師範学校女子部」と「沖縄県立第一高等女学校」生徒・教師240名が看護要員として動員され、そのうち136名が死亡しました。2校の愛称が「ひめゆり」であったことから、戦後、彼女たちは「ひめゆり学徒隊」と呼ばれるようになりました。
私達と同じように学校に通い、友達と共に学び遊んでいた女学生たち。年齢も小学6年生とわずかしか変わらない女学生たち。しかし、沖縄戦によって生活は一変し、沖縄陸軍病院に動員されます。戦争は、女学生たちの想像とは全く違い、陸軍病院での活動は命がけで心身を疲弊させていきました。
子どもたちはひめゆり学徒隊の方々の証言動画や手記を、真剣な眼差しで見聞きしていました。
【平和祈念公園・平和祈念資料館見学】
「沖縄戦終焉の地」である糸満市摩文仁の丘陵を南に望む平和祈念公園。公園内では沖縄戦で亡くなられたすべての人々の氏名を刻んだ「平和の礎」や沖縄戦の写真や遺品などを展示した平和祈念資料館の見学をしました。
証言動画や資料写真を見る中で、「心がすごく重たくなった。自分の足元から平和を創り出していきたい。」と言う感想が子ども達から聞かれ、私たちと同じ人間の心を壊してしまう戦争の恐ろしさを、強く感じている様子が見られました。
平和祈念公園では、世界の平和を願い、自分達の目の前に平和を創り出すことができるよう、全員で東京三育小学校ミッションステートメントを言い、最後に1分間の黙祷をしました。
6年生一人ひとりが希望の光として、PEACEMAKERとして、自分の身の回りからから平和を創り出し、広げてほしいと思います。
見学後に虹が見られました!
【1日目夕礼拝】
修学旅行の朝と夕の礼拝の話は6年生が担当します。
1日目の夕礼拝は「困っている人に寄り添うことで平和を創り出していく」ということについて話してくれました。
また、礼拝後には部屋ごとで振り返りや祈りの組を持ち、1日の感謝を神様にしました。