2025.06.24
校長通信
校長 平田 理
2026年6月、ガウディ没後100年の節目に「部分的に完成する」とされる世界的な教会建築、サグラダ・ファミリア。日本人彫刻家である外尾悦郎氏が最重要箇所「生誕のファサード」を蘇らせたことでも知られています。
スペイン出身の建築家、アントニオ・ガウディ(1852-1926)が人生と信仰の全てをかけて取り組んだこの教会は、彼の生い立ちと密接に関わっています。5人兄弟の次女と長男を幼くして亡くした両親は、アントニオの誕生翌日に聖ベラ教会で洗礼を授け、その身に神の守りと導きを願ったと言われています。
銅細工師の家庭に育ったアントニオは、祖父や父親の仕事を手伝いながら、ものづくりの基本を学びました。病弱でリウマチを患っていたため、学校を休むことが多く、自然の中で療養する時間を多く過ごしました。他の子どもたちと遊ぶ機会が少なかった彼は、紙細工や絵を描いて過ごす一方で、自然の光やその造形を深く観察し、自然界の法則や秘密を探求するという貴重な体験を重ねました。この時間が、後の偉大な建築家としての素養を育んだと言われています。実際、ガウディは設計図よりも模型作成に時間を費やし、自然界から得たアイデアをデザインや工法に生かしました。少年時代の授業で、鳥の翼は飛ぶためにあると説明した先生に対し、「鶏は翼を走るために使う」と反論したエピソードは、彼がいかに周囲や自然界の造形を注意深く観察していたかを示しています。
敬虔なキリスト者として生きたガウディは、晩年、サグラダ・ファミリア建設以外の仕事は一切引き受けず、この偉業に全てを捧げました。多忙な日々の中でも礼拝には欠かさず通い、断食と祈りも大切にしました。それは、ガウディにとって自身の祈りと信仰を教会という形にすることそのものだったからです。「私の理想は、神の栄光のために建てられる建築をつくることだ」と語ったガウディの言葉の通り、サグラダ・ファミリアは「理想」に向けて未だに建設が継続中です。教会が未完であること、そしてガウディがそれを「求道的」に捉えていたことは、信仰が常に完成途上にある旅路であることを示唆します。
「私は、すでに得たのでもなく、すでに完全であるのでもありません。ただ捕らえようとして追求しているのです。・・・」(ピリピ人への手紙3章12節)
信仰の旅路は、すでに到達したものではなく、常に追い求め続けるものであるという姿勢を、使徒パウロも表明しています。
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