2026.04.09
校長通信
校長 平田 理
今年度の学校目標の中心的な言葉は「いつくしみ」と「あわれみ」です。聖書の中でも多く利用される言葉ですが、多様な意味が込められており、説明が難しくなってしまいます。そこで、子どもたちにとって、ご家族にとって具体的な目標にも据えられるように、学校生活や学びにおいて、どのような姿勢を求めていけば「いつくしみ豊か」で「あわれみ深い」人に近づけるのでしょうか?3つの観点から考えてみました。
先ずは、相手の弱さを受け止める寛容さが必要です。「あわれみ」の第一歩は、自分や誰かの完璧ではない部分を「赦すこと」から始まります。合唱の練習中、音程を外してしまったお友だちに対し、「何やってるの」と責めるのではなく、「緊張するよね、次は一緒に合わせよう」と声をかけられるようなことです。失敗を正論で追い詰めたり、責めたりしない心が必要です。「自分も間違える」という謙虚さが、誰かの失敗を赦せる心の広さへとつながります。
二つ目は、誰に対しても条件なしに寄り添う愛情を育てたいものです。「〜ができるから好き」という条件付きの「いつくしみ」ではなく、その人の存在そのものを大切に思う無償の愛なのかも知れません。休み時間に一人でポツンと座っている下級生を見かけたとき、ただ「一緒にいてあげたい」という純粋な優しい気持ちで隣に座り、共感できることです。「先生に褒められるから」のような、損得勘定を抜きにして、困っている人に手を差し伸べる「あわれみ深さ」を身に着けて欲しいです。
三つ目に、安心や癒しを与えられる存在は貴重です。その人がそこにいるだけで周囲の空気が和らぐような、穏やかな影響が広がります。これは、他者の痛みに共感し、言葉や行動で「安心感」を届ける力ではないでしょうか。泣いているお友だちに、気の利いた言葉をかけるばかりではなく、ただ背中に手を添えて「痛かったね」「悲しかったね」と共感し、涙が止まるまで一緒に待って、温かく寄り添うことです。「安全地帯」のような心の癒しを届けられる「いつくしみ豊か」な人に成長してほしいものです。
「いつくしみ」と「あわれみ」を備えて生きることは、決して強い人、完璧な人になることではありません。むしろ、自分の弱さを知り、他者の痛みに気づくことができる、そんな心の温かさを育むことが、今年度の目標の真髄と言えそうです。
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