2025.03.14
校長通信
校長 平田 理
「感恩、知恩、報恩」の概念は東アジア諸国に伝統的に大切にされてきた価値観であり、民族を超えた行動規範の土台とも言えます。聖書が繰り返し説く「感謝」は、神様から受けた恵みや憐み、他者からの厚意に「ありがたい」との気持ちを抱き、その恩恵を認知し、自分にできる事柄から少しずつお返ししていく原則です。
聖書が諭す「感恩」は与えられた恵みに感謝して生きることです。
「すべてのことに感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。」 (テサロニケの信徒への手紙一 5章18節)
「主に感謝せよ。主はまことに慈しみ深い。その恵みはとこしえまで。」 (詩編107編1節)
時に私たちは他者からの思いや願いに気づかずに過ごしていることがあります。人々からの助けや恵み、善意に支えられていることに、自ら気づいて感謝の心を抱くことを大切に生きたいものです。
「知恩」は神様から無条件にいただいている愛を知り、自分の周りにいる他者からの愛を知ることの重要性を意味しています。わかっている、気づいているようで、実は「当たりまえ」になってしまう、日常の風景の一つになって通り過ぎてしまうような「愛」を忘れてはならないということです。目には見えませんが、確かに存在する家族愛、友愛、隣人愛を意識して、感謝することを忘れないように心がけたいものです。
「見よ、父がそれほどの愛を私たちに与えてくださるかを。」 (ヨハネの手紙一 3章1節)
「あなたの神、主を忘れてはならない。」 (申命記 8章11節)
感謝すべきことや与えられている愛や憐みに気づき、生活できるのでしたら、やはり、そのいただいたことへの応答が必要でしょう。実際に、感謝を行動に移し、神様からの恩恵に対して善をもって報いること、「報恩」は聖書が繰り返し薦める実践的な教えです。それは自分への恵みの対価としての「お返し」では無く、感謝と喜びを土台にした愛と奉仕の表現なのです。
「すべての人に対して良い行いをする機会を持ちなさい。」
(ガラテヤの信徒への手紙 6章10節)
「あなたがたが人々にしてほしいと望むとおりに、人々にもそのようにしなさい。」
(ルカによる福音書 6章31節)
「感謝」はこの感恩、知恩、報恩が連続することによって、自分の心の中ばかりか、周囲の人々にも広がっていくことでしょう。受け容れ難い困難、不幸や不運に見舞われたとしても、感謝や恩恵を忘れることなく「ありがとう」や「笑顔」を絶やさずに過ごすことが出来れば、希望と将来を計画される神様が、必ずや「光の方向」へ導いてくださいます。
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